にいがた版 2018年8月3週号
車田植
貴重な風習を後世へ
北村佐市さん 佐渡市北鵜島
豊作を祈るために始まったとされ、毎年5月下旬の田植え最終日に行われる「車田植〈くるまだうえ〉」。佐渡市北鵜島の北村佐市さん(64)は、この古くから伝わる習わしを後世へつなげようと、車田植の歴史や続けられてきた意味を伝えている。
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車田植は、車田と呼ばれる末広がりで縁起が良い鐘形の圃場2㌃で、田主の北村さん、早乙女と呼ばれる女性3人と唄い手で行われる。
以前は、日本各地でみられた車田植。現在、観光用以外では、北村さんの住む同集落と岐阜県高山市松之木町の2カ所でしか行われていない貴重な風習となっていることから、1978年に国の重要無形民俗文化財に指定された。
車田植は、北村家の神棚に「三把の苗」と「お神酒」をお供えし、礼拝してから車田へと向かって行う。車田へ一度礼拝してから、お神酒を車田へ注ぎ、田主の北村さんが早乙女に苗を1把ずつ手渡す。
早乙女が車田の三方から中央へ進み、車輪のような円を描くように外側へ後ずさりしながら、苗を植え付けていく。三把の苗を車田の中央に植えた時、豊作の神が降りてくると言い伝えられている。
早乙女は、北村さんの姉妹や近隣集落の人などその年ごとに決まった人が行う。北村さんの姉の山岸美幸さんが唄い手となり、「田植唄」と一緒に、にぎやかに車田植が行われていく。
地区の過疎化や、農業者の高齢化はもちろんのこと、早乙女役も同じように年を重ねていく。そんな中、車田植は一般の田植えと違い、機械を使わず人の手だけで植えていくため重労働だ。後継者がいないため、今後、この古くから伝わる貴重な習わしを後世へつなげていくことが重要で、最も難しい課題となっている。
北村さんは「私の代で途絶えてしまわぬよう、後継者が後世へ長く受け継いでいってくれることを願い、体力の続く限り継続していきたいと思います」と力強く話す。
(渡部奎奈)